私たちは日々さまざまな文章に接していますが、ニュースや評論、小説、広告記事にいたるまで、すべての文章は言葉そのものが表す情報とともに、固有のリズムやトーンを持っています。これはいわば意味や内容を語るための「語り口」と呼べるもので、この「語り口」によって文章の印象はさまざまに変化します。
プロダクトをユーザーに届けるためのストーリー作りにおいても〈語り口〉はとても重要なものです。たとえば、ごく限られた地域のみで少数生産されている、これまでどのブランドとも取引の無かった希少な綿素材を丁寧に編み上げ、絹のように柔らかな素材が体へ心地よくなじむカッティングで仕立てたシャツの品質を、ユーザーへ魅力的に伝えるストーリーを作るため、以下の二つの書き出しがあるとします。
(a)「希少なプレミアム綿できめ細やかに仕立てた生地。絹のように柔らかな肌ざわり。未体験の着心地を実現するカッティング。このシャツの様々な個性は〜」
(b)「希少なプレミアム綿の生地できめ細やかに仕立てました。絹のように柔らかなざわりが特徴です。未体験の着心地を生むカッティングを施したこのシャツは〜」
同じ内容を異なる語り口で語った二つの文章、書き出しではまだ大きな差はありませんが、微妙な印象の違いを見ていくと(a)は切れの良いイメージが次々と文章へ並んで、プロダクトの特徴がはっきりと浮かび上がってくるようなトーンを、(b)は言葉がそっと差し出されて、作り手の温度がじんわりと伝わってくるようなトーンを持っている事が分かります。
語っている内容は同じでも、語り口によって文章から受ける印象が変わることは、どこか馴染みのある感覚ですが、この後に続く物語の全体を考えれば、語り口は単に文章のトーンや印象の問題では終わりません。
(a)(b)それぞれの語り口でこのまま書き進めれば、根元では同じようなイメージを持っていたとしても、その後のストーリーは少なからず形を変える事になるでしょう。
言い切るような頼もしさを持った(a)は、プロダクトの独創性や機能面を魅力的に語ることに適しており、ストーリーを自然とその方向へと導く力が働きます。一方で語りかけるような親密さを持った(b)は生産地の営みや、プロダクトにまつわる思いと理念を語る方向へストーリーを導くような性質を持っています。
もちろん、ストーリーと語り口の関係性は状況によって様々に変化するものですが、それぞれの語り口はある固有の方向へとストーリーを導いていきます。
語り口とはいわば、固有のリズムとトーンを持った「乗り物」のようなものです。物語の元となる無数のアイデアも、この「乗り物」を使うことではじめて動かすことができます。物語を作ることとは、巨大な塊のようになっているアイデアや言葉を、語り口に乗せて文章へと運んで行くことと言えるでしょう。
つまり「乗り物」としての語り口そのものが、巨大なアイデアやイメージの塊の中からふさわしい言葉を引き出して連れてくる、あるいはそのリズムに言葉が自然に乗ってくるようなイメージです。
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実際に私たちの身近にあるものの中で、個性的なストーリーと語り口を持ったプロダクトとして、MUJI(良品計画)を例にあげてみましょう。
MUJIといえば衣類、家具、食品にいたるまで、それぞれのモノが持っているエッセンスを抽出し、わずかに揺らぎを持たせて再構成したような匿名性の高いプロダクトが有名ですが、その広告や商品タグに用いられている文章も、穏やかでいて読み手に確かな印象を響かせるような独特の語り口を持っています。
プロダクトの生産地や背景をめぐるストーリーを、あるいは新しいスタイルの提案を、そっと目の前へ差し出すようなどこか淡々とした〜です〜ます調の語り口は、余分な色のない透明感をたたえて、MUJIプロダクトの最大の個性とも呼べる匿名性を最大限に引き出しています。
一見どこにでもある無個性な語り口のようにも見えますが、MUJIの理念やストーリーをみずみずしく文章へと運ぶためには、これでしかありえないような必然性を持った「乗り物」です。
そして、すでに見慣れたものが置かれた文脈によって新鮮な個性を持つ、この語り口とストーリーの関係性も、MUJIの理念そのものを表しているとも言えるのではないでしょうか。
MUJIはその理念と世界観にぴったりの「乗り物」を使って、新しい魅力的なストーリーを次々と世に送り出してきました。すでに無数のプロダクトをめぐるストーリーが語られ、今ではこの透明感のある語り口に触れただけでMUJIのイメージを漂わせるような、プロダクトと一体になった気配のようなものとなっています。
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実際にプロダクトをめぐるストーリーのための語り口を設定するにあたっては、ストーリーを文章へと運ぶ「乗り物」を、ある語り口を持った「人物」に置き換えて考えるとスムーズに作業が進みます。
文章における語り口を、会話における口調とすれば、私たちは皆それぞれに唯一性を持った口調(乗り物)を使って、日々自分の中の言葉をコミュニケーションへと運んでいると言うことができます。きびきびと論理的に話す口調も、ゆっくり気持ちを込めた口調も、いずれも会話をしている人物の性格や人物像に直結しています。語り口は人格と一体でもあるのです。
語り口のみを切り取って考えると無数のスタイルを前に茫洋としてしまいますが、まず語り口を持った人物から想定すれば、具体的に「乗り物」の形を作って行くことが容易になります。プロダクトを語るにふさわしい個性を持った人物をイメージする、つまり、プロダクトの魅力をどのような人物に語らせたいか、ということを想定して語り口を設定して行きます。
言葉の歴史を見ても、物語と語り口は互いに関係し合うものとして常に歩みを共にしてきました。たとえば俳句や短歌などは、語りのリズムと様式そのものが新しい言葉の世界を作りあげた例として見る事ができるでしょう。
もう少し語り口の定義を押し広げると、音に乗せて言葉を運ぶ「乗り物」がストーリーの形を大きく変えた例として、音楽におけるラップの発明が挙げられます。時に文法にとらわれず、リズムに乗って言葉を自由に打ち込んでいく画期的な語りの発明によって、アイデアをこれまでにないスピードで歌詞や音へと運んでいけるようになりました。そして、この新しい「乗り物」に乗って、多くの人々がまだ語られていなかった言葉を自分の中から引き出し、新しいイメージやメッセージを伝える無数のストーリーが生まれました。
語り口はストーリーを生み出します。
もしあるストーリーが、それにふさわしい言葉をなめらかに文章へと運ぶ事ができる語り口を、プロダクトの機能的なイメージを読み手に次々と想起させながら、書かれている言葉を開封するたびに生産者の思いが気配のように立ち上ってくるような、画期的な語り口を手に入れる事ができたらどうでしょう。
ストーリーと語り口が力強く噛み合った時、確かな理念を持って作られたプロダクトの個性を、そしてその熱量や感動をそのまま言葉へ落とした、生き生きとしたストーリーが生まれます。
新しいストーリーを生み出すことは、ストーリーを魅力的な方向へと導いて、みずみずしい生命を与える語り口を生み出すことでもあります。